35歳からの起業日誌

【退職記事】東京で11年間続けてきたサラリーマンを辞めて実家に帰った理由

ついにというか、やっとというか、辞めました。会社。
辞めるかどうかを真剣に考え始めてから約3年。

2018年末で会社を辞めて、2019年から実家のある大阪府泉佐野市に戻ってきました。
今年で36歳になります。

普通に考えてどんなけ時間かかっとんねんって感じですよね。
でも、自分にとってはベストなタイミングでした。

辞めた理由は大きく3つ。

  • 会社員としての生活に限界を感じたから
  • 自分が本当にやる意味があるものが見つかったから
  • 場所による制約がほとんどなくなったから

サラリーマンを辞めた今だからこそ、率直な気持ちを書いてみました。

 

【理由1】会社員としての生活に限界を感じたから

11年間の会社員生活はかなり充実していました。
環境にも仲間にも恵まれていたし、飲食業としては待遇はかなりよかった。
そのまま続けていても、楽しい一生は送れたと思います。

ですがその反面、自分の意見と会社の意見が食い違った時は会社の意見を優先することが多かったし、組織のために自分の理想を曲げる場面もありました。
人のよっては会社に貢献しつつ自己実現もやれるんだと思います。

ただボクの場合、特性上組織で働くにはいろいろと無理がありすぎて。
特に中間管理職ともなると絶望的に向いてない。
上にいけばいくほど息苦しさを感じるようになっていました。

ガマンして続けていても遅かれ早かれどうしようもない壁にぶち当たるな、と。
どうしようもなくなってからあわてても、すでに詰んでますから。
自分に不利な条件しか残ってないわけですよ。

そうなる前に辞めました。
まだ選択肢も多くて、体力的にも精神的にもがんばれるうちに決断した方が、始めはしんどくても後々楽になるはず。
やってみないとわからないことばかりですが、なんとかしてやろうという気持ちだけはあります。

 

【理由2】自分が本当にやる意味があるものが見つかったから

飲食業を続けていくうちに、現実と理想のギャップを感じるようになりました。
「本当に出したい料理を食べてもらいたい人に出せていない」

東京で飲食店やるっていうのは結構制約が多いんです。
仕入先や場所、客層などなかなか思うようにいきません。
理想を追い求めるほど金もかかります。

だからほどほどのところで妥協せざるを得ない。
でもそれなら誰がやっても同じなんですよね。
人生をかけてそこでがんばる意味がないんです。

それなら大阪に帰って農家を継いだ方が可能性が広がるんじゃないかと。
以前から、飲食には一生関わって行こうというのは決めていましたし。

飲食を極めるなら生産の現場は必要になってきます。
となると農家は最高の環境。
しかも実家のある泉佐野市は漁業や畜産業もやっているので、農作物以外でも安く新鮮な食材をそろえやすい。

10年近く飲食店で働いてきたから、店はやりたいけど、毎日やるのはしんどいからやりません。
平日に農家をやりながら、週末にメシ屋をやるぐらいのペースがちょうどエエんです。
実家を利用してやれば、固定費も下がるからムリに売上を立てる必要もないので。

あと、もしボクが農家を継がなければ、代々受け継いできた家業は途切れてしまいます。
それがどうしてもあきらめきれなかったんです。
会社は僕が辞めても続いていくけど、家業は継がなければ終わってしまう。

農業をやることで自分の理想にも近づけるし、大好きな故郷を終わらせなくて済む。
「これはもう他の誰でもなく、自分がやるべきことなんやろうな」
そう感じるようになりました。

 

【理由3】場所による制約がほとんどなくなったから

なんやかんやで東京はおもしろいです。
世界中から情報が集まってくるし、なんかやってやろう!って考えている人も多い。
変化のスピードを最先端で感じるにはやはり東京が1番です。

でもだからって、東京で常に生活する必要はないんですよ。
必要な時に東京まですぐに出られれば問題ない。
その点、泉佐野市には関西空港があります。
自宅から空港まで車で30分という距離感はホンマにラク。

東京大阪間は飛行機で1時間。
LCCのチケットを使えば15,000円程度で往復できてしまいます。
これなら東京でホテルに泊まったとしても、部屋を借りるより安上がりなんですよね。

さらに関空なら国内線、国際線、LCCがすべて同じ場所にあるんです。
路線も充実してきていて東京だけでなく世界中の主要都市へアクセスしやすい。
これはもうむちゃくちゃメリットで、東京より便利かもしれない。

おかげで農業という場所に縛られがちな職業をやりつつも、場所の制約はほとんど感じません。
ネットも光回線で繋げられるので、webで情報の収集と発信は続けつつ、いざという時は現場に直行だってできる。

守りと攻めのバランスが絶妙なんです。
まったく知らない土地に移住するわけではないので、今まで地域でつないできた関係性を生かせるという強みもあります。
自分の故郷が泉佐野市でホンマにラッキーでしたねぇ。

 

【最後に】サラリーマンがイヤになったわけじゃない

サラリーマンっていう働き方って素晴らしいと今でも思っています。
やっぱ、固定給や保険などの福利厚生は生活していく上ですごくありがたい。
ひとりじゃ到底できない大きな仕事もさせてもらったし、普通じゃ会えない人にも会えた。
お金をもらいながらスキルや経験が増やせるのは最高の環境です。

11年間のサラリーマン生活は本当に幸せな時間でしたねぇ。
ありがたいことですわ。

それでも、辞めないと得られないものができてしまったんですよ。
しかも今じゃないといけないこと。

会社の後ろ盾がなくなるのは正直不安なこともあるけれど、それ以上にこれからやりたいことがいっぱいあります。
何をやってるのかようわからんといわれがちなボクですが、そんなもん自分が1番よくわかってません!

でもそんな状況ですら笑ってられるので、これでよかったんでしょう。
正解かどうかなんてこれからの行動と結果次第なのでどーでもいいです。
まずは自分の理想をひとつずつ実現させていくこと。

こんなヤツですが、これからもお付き合いしていただけるとめっちゃうれしいです!
ありがたいことに仕事のお話なんかもいただけたりしていて、圧倒的感謝!!

というわけで。

六角人
六角人
今後ともよろしくお願いします!