オピニオン

発達障害である自分が声を上げるということ

どーも、六角人です。

ちょっとだけマジメな話します。

基本的に世の中ってのは多数派の意見で成り立っているもんで。

現在の社会の仕組みでは少数派の意見はなかなか通りにくい。

だからって少数派の人たちが黙り込んでたらますます生きにくい世の中になってしまうから、少数派の人たち自ら積極的に声を上げていくべきだ!っていう意見はよく聞きます。

ボクもまあ、確かにそう思うんですけども。

やり方がなんかヤダなって思うことがあります。

例えば「〇〇反対ー!!」てな感じで、スピーカーでがなりたてたりするのあるじゃないですか。

あれ見てさ、「すごく共感しました!一緒にやらせてください!」なんて思ったりします?

ボクは全然しません。

むしろ、ちょっと引いてしまいます。

なんか、力に力で対抗しているだけやんね。

そんなやり方では多数派の力に絶対勝たれへんやん。

 

少数派(マイノリティ)として声を上げる

かく言うボクも半年前から障害者という立場になりまして、社会的弱者と見られるような立場になりました。

確かに医者からは診断書はもらってるから、それはそうなんでしょう。

けど、だからってボクの人格まで変わったわけじゃない。

診断を受けようが受けまいが、ボクがボクとしての人生を歩んでいくことには変わりがないんです。

変わってしまうのは周りからの目。

「あぁ、あの人、障害持ってるらしいよ」

好奇心とか、嫌悪感とか、人によって様々でしょうが、色眼鏡かけて見られるようになる。

そうなると、ボク個人の本質的なものまで変な目で見られたりするのは、やっぱヤダ。

だから、自分から声を上げていかなくてはならない、となるわけですが。

最初に書いた通りただ大声を張り上げているだけでは、伝わるものも伝わらない。

クラウドファンディングをやっている時にこんな記事を書きました。

発達障害の問題って、めちゃくちゃややこしいし、めんどくさいことも多くて。

くそまじめにやろうとすると、重苦しい話になってしまいがち。

でもそれだとさ、知らない人は受け入れづらいんです。

だから、ハッタツフェスでは、発達障害をテーマにしながらも、エンターテイメント性は忘れないようにしています。

ボクはこの「難しいことを楽しく伝える」っていう視点をめちゃくちゃ大事にしています。

 

レキシのかっこよさ

「レキシ」というアーティストをご存知でしょうか?

その名の通り歴史をテーマにかっこいい音楽を作りまくっている方です。

MVを見てもらえば一発で伝わると思うので、まずはそちらをどうぞ。

ついでに、歌詞を読んでもらえれば。

「世襲制」なんて言葉、ヘタしたら一生知らないまま終わるかもしれませんよね。

でも一度この歌を聴いてしまったら、ことあるごとに頭の中で「世襲制!」が流れることになってしまいます。

歴史学者からしたら、まさにふざけんな!ってなもんでしょうが、何も興味がない人にとってはこれぐらいでちょうどいいんです。

いくら大切なことでも伝わらなければ誰も知らないままだし、知られなければ消えていくしかない。

ボクが発達障害について伝える時もこれぐらいのノリでやれればいいかな、と。

 

ハッタツフェス をやってみた!

自分なりに発達障害を表現してみようと考えた挙句、思いついたのが「フェスやろう」でした。

「フェス」ってなんか楽しい響きありますやん。

発達障害のフェスだから「ハッタツフェス 」だ!

シンプルイズベストですよね。

詳細に興味がある方はこちらを参考に。

まとめると

「障害があったとしても、できることを全力でやれば、思いっきり笑えるんじゃないか」

確かに生きづらいこともあるけれど「障害があるから、あきらめよう」みたいになってもしんどいだけだから。

できない理由を障害のせいにしたくない。

「障害があっても、やってみたい」

できないこともあるけれど、工夫次第でやりたいことはできるんだ!

そういうことを身をもって示すことが自分なりの「声の上げ方」

音楽・お笑い・トークセッション・応援など、いろいろやりましたが、根底にあるテーマは共通していました。

 

楽しみながら伝える

「大切な核の部分はブラさずに、エンタメ性を持った上で伝えていく」というのがボクなりの声の上げ方です。

その方がボク自身も楽しいし、興味を持ってもらいやすい。

障害をネタにすんな!というご意見もいただきますが、伝わらないよりはよっぽどマシかな、と思うので。

どんな伝え方をしたとしても誤解は生まれますし、それならまず、知ってもらうのが先。

フェスに参加してくださった方からこんな感想をいただきました。

障害のあるなし、関係なく、前向きに受け止めてくださる方が多くて、主催した側としては本当にやってよかったです。

もちろんこれが終わりじゃなくて、これをきっかけにいろんな人が考えて動き出してくれたらもっとうれしい。

ボク自身もまだまだこれからだし、今後もいろんな形で声を上げていきます。

発達障害が当たり前の存在として受け入れられる世の中を目指して。

そしたら、誰もがもっと生きやすくなる優しい世界になると信じています。