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応援団

応援団員の職業病「学ラン病」の恐ろしさについての経過報告

大学時代は応援団に所属していたので、学校にいる時はだいたい学ランで生活していました。
試合中だけでなく授業はもちろん、昼休みもずーっと学ラン。

始めのうちは着替えたりもしていたのですが、慣れてくると家を出てから学校まで通学時間もすべて学ランになりました。
その結果、いまだ癒えることのない「学ラン病」を患うことになってしまったのでした。

がくらんびょう【学ラン病】(名)

学ランを着ることに慣れすぎて、それ以外の衣服を着ている自分に違和感を感じてしまう状態。

私服のセンスが衰えるなど、一般社会において著しいハンデを負う場合がある。

本人に自覚症状がないため治療は非常に困難とされる。

 

そもそも学ランの「ラン」ってなんや?

今更ですけど、学ランの「ラン」ってなんやろ?

ランドセル、ランニング、ランボルギーニ、LANケーブル・・・
どれもしっくりこない。

こんな初歩的なことに当たり前すぎて何も疑問を抱いていないという状態こそ病んでいる証拠。

なので調べてみました。

学ランの「ラン」は、江戸時代の隠語で洋服を意味する「ランダ」が略された語。

学生が着るランダ(洋服)という意味から「学ラン」となった。

引用:言語由来辞典

江戸時代は西洋といえばオランダ(阿蘭陀)のことだったから洋服は「蘭服」

ははーん。なるほど。
学ランという名前ひとつにも日本の歴史が関連していたとは。
ちなみに、学ラン自体の始まりは明治初期に官営学校の学生が支給された制服らしい。

 

応援団学ランの性能

学ランといっても色々種類があるので、ここではボクが学生時代に着ていた、「長ラン」を元に話を進めていきます。

「長ラン」っちゅうのは写真のように上着の裾が長めの学ランのことね。

 

応援団学ランの特徴「詰め襟(ハイカラー)」

ちなみに、ボクの場合は7cm。
応援団のものは高めに設定する傾向があります。

理由はひとつ。下を向かないため。

前のホックを締めるとコルセットのようになって、首ががっちり固定されます。
こうなると、完全に下を向けない。
もっというと、横も向きにくい。

本当に前しか向けなくなります。

 

応援団学ランは太め、長め

基本的に動き回っても中のシャツなどが見えるのはよくないとされていたので、ゆったり目に作られています。
上着の裾が長いのもそのため。

バンザイみたいな動きをした時に腹が出るとカッコ悪い。
さらにズボンの方もウエストがヘソ位まであり、腹回りを徹底ガード。
ズボンといえば、下半身で踏ん張っても破れないようにドカン型が主流でした。

応援団を始めた頃に高校の制服でやってたら、演舞中にズボンの尻部分が裂けるという残念な思い出があったなぁ。

 

応援団学ランの生地

生地についても好みがあるのですが、ボクは礼服でも使われる最高級品を使ってました。
どうせずっと着るんやし、安いのを何回も買い替える位なら、最高のものを使い続けようという考え。

確か、フルオーダーメイドで13万円位したような記憶が・・・

学ラン全般にいえることですが、学ランの生地って運動するのに向いてないんですよね。

詰め襟と長めの裾のせいで空気が逃げるところがない。
おまけに生地に通気性もないので、動けば動く程、中はサウナスーツ状態。
夏は地獄です。
かといって保温効果はそれほどないので、冬はめっちゃ寒いです。

本来は春とか秋、気温が20℃前後の時期に最適な服なんです。

 

応援団学ランとは

応援団活動に特化して作られているため、普段着には向きません!
なのに授業中など普段の学生生活でも着るようになる。

この状態が学ラン病の初期症状であります。

 

学ラン病の進行過程

学ラン病を発症した者はとにかく学ランを着まくるようになります。

応援団活動中(着用義務あり)
 ↓
授業中(着用義務なし)
 ↓
通学中(着用義務なし)
 ↓
休日(着用義務なし)

このように段階的に着る頻度が増えていきます。

最終的には応援団とまったく関係ない休日でも着てます。
つまり学ランが「正装」兼「運動着」兼「普段着」というようなあらゆるシチュエーションで着られることとなります。

例として、和歌山旅行での一コマ。
修学旅行ではありません。
普通の友達との旅行です。

こちらはドイツのフランクフルト空港にて。
海外でもやっぱり学ラン。

写真にはないですが、飲み会なんかでもだいたい着ていたので、大阪の繁華街である梅田の東通りなんかは学ランで歩いていました。
今思えば、めっちゃ目立ってたやろな。

そのせいか、よく警察官に職務質問を受けたのですが「応援団やってます!」というと、すぐに解放してくれました。

 

学ランがアイデンティティ化する

このように1年の大半を学ランで過ごしていると不思議なことが起こります。

クリーニング中にたまたま大学に行く用事があり、数ヶ月ぶりに普段着で登校した時のこと。
いつものように教室に行くのですが、イマイチ反応が薄い。
というか、気付かれてない。

いつの間にか「ボク=学ラン」という認識が固定されてしまい、学ランを着ていないと存在を認識してもらえなくなっていたのです!

もはや自分という人間ではなく、学ランが本体なのか!

肉体は学ランにとってオマケにしか過ぎないのかもしれません。
服を着ているのか、服が着られているのか分からなくなる。

これも学ラン病の代表的な症状です。

 

学ラン病の真の恐ろしさ

無事、学校を卒業。

しかしそこからが学ラン病の本領発揮でした。
いざ学ラン以外の服を着ようにも、何を着ていいか迷いまくる。
4年間、私服を選ぶということをほとんどしてこなかったせいで、自分にどういう服が似合うのかまったく分からないんです。

なんとかがんばってコーディネートしてみたものの、違和感しかない。
そらそうです。
少し前まで学ランがアイデンティティだったんですから。

学ランを失った自分は、もはや何者でもない。

鏡に写ってるヤツ、誰なの?
自己認識の崩壊です。
例えるならAKB卒業して、普通の女の子に戻ってしまった、みたいな?

 

学ラン病患者のその後

卒業から10年以上経ち、症状はだいぶ収まりました。

しかし今でも、自分に1番似合う服は学ランじゃないかと思っています。

大学の友達の間では依然、学ラン認識が強く、結婚式に参加する時は学ランでの参加が恒例となっております。

(最初、スーツで行ったらナゼか怒られた)

写真は友達の結婚式で京都に行った時。
隣のスーツ男はもちろん同級生です。

他にはたまに依頼を受けて、フリーで応援をしたりしています。
正直、宴会の場では無敵です。

 

最後に

学ラン病は多分一生治らないんだと思います。
でも、ボクは今、楽しいです。
やっぱり学ランがあったからこそ、今のボクがあるから。

大学入学式の日に「学ランってカッコいい」って思わなかったら応援団に入ることもなかったかもしれん。
もし応援団に入ってなかったら、まったく別の人生になっていたはず。
相変わらず私服はダサいって言われ続けてるけど、強く生きてます。

勝負服の学ランがある限り、どんな困難に襲われようとも、立ち向かっていく勇気がわいてくる気がします。