団長Pの推さば推せ!引かば推せ推せ!!

元応援団長が東京で飲食業をやりながら大好きなものをひたすら推しまくるブログ

子どもの頃のトラウマを克服して、仕事にした話

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今では見かけなくなったが、ボクが子どもの頃(1990年代)は、神社の縁日なんかで「ひよこ釣り」という出店があった。

その名の通り、金魚すくいみたいに大きな風呂桶みたいなのに大量に解き放たれたひよこを棒の先についた針とエサで釣り上げるというわかりやすいルール。

 


【オモシロ動画】噂の大阪名物「ひよこ釣り」

 

金魚は水中だし、無言。

でもひよこは終始ピヨピヨぴよぴよ鳴き叫んでいるいるので、なんかめっちゃ生き物感がある。

少なくとも魚よりは人間に近い。

 

そんなヤツらを釣り上げるのだから、クモの糸で地獄の亡者を釣ろうとしたお釈迦様のような謎の高揚感のある遊びだった。

 

出会いと別れ

細かいことは忘れてしまったけれど、ボクはとある縁日でひよこ釣りをやり、結果2羽のひよこをゲットした。

やった、ひよこや!

六角
六角少年
 
 

めちゃめちゃうれしかったんだけは覚えている。

 

うちの実家は田舎で土地が広いので、ひよこ達は庭で飼われることになった。

とりあえず小屋ができるまでは野菜の収穫に使うカゴみたいなのに入れておいた。

まだまだ飛行能力のない鳥類にはこれで十分だ。

 

ピヨピヨ。

 

父に手伝ってもらい鳥小屋を作る。

納屋に行けば木材や金網なんかはナンボでも転がっているのが田舎のいいところ。

 

ぴよぴよ。

 

そして、田舎の人は小屋を作る程度のスキルは基本装備だ。

タマネギ小屋だって、犬小屋だって自分で作ってた。

鳥小屋なんて朝飯前なのだ。

 

ピヨピヨ。

 

まずは木で枠組みを作り、金網を張っていく。

屋根にはトタンを打ち付ければ雨に悩まされることもない。

 

ぴよぴ、、、ニ゛ャアァァ!

 

いよいよ完成という時、事件は起こった。

ボクらが小屋作りに集中しているスキを狙って、近所をうろつく野良猫がひよこを強襲したのだ。

なにしてんな!

六角
六角少年
 
 

金槌を握りしめたままひよこを入れていたカゴに駆け寄る。

逃げ出す野良猫。

 

カゴを覗き込むとひよこは1羽になっていた。

 

ぴーちゃんとの日々

小屋は完成した。

もう二度と尊い命を奪われないために、より堅固に補強しておいた。

 

残念ながら1羽部屋となってしまったが、寂しくないようにボクが毎日世話をしてやろう。

名前はぴーちゃん。

当時、ハマっていたらんま1/2の影響だと思う。

 

こいつだけは一生面倒見てやるんだ! 

それからは毎朝のエサやりが日課になった。

主なメニューは畑に行けば無限にある野菜くずだ。

 

エサをやり、様子を見てから学校に行く。

帰ってきたらまずは鳥小屋を見に行く。

 

ぴーちゃんは順調すぎるほど元気に育っていった。

鶏の成長速度は早く、数ヶ月でニワトリっぽさを漂わせるようになった。

1羽では大きすぎると思っていた小屋もちょうどいい大きさだった。

 

鳴き声もピヨピヨなんて甘っちょろいもんじゃない。

コッココッコ鳴いている。

あと、エサをやろうとするとものすごい勢いでついばんでくる。

地味に痛い。

 

これはあれやな。

もうすぐ卵とか産みたがる時期っぽいな!

 

自分の育てたニワトリの卵で朝飯を食う。

それがボクも夢だった。

 

しかし、悲劇は突然に訪れたのだった。

 

夢と現実

その日。

いつものようにエサやりと終えるて学校に向かった。

 

午後までの授業をやり遂げて、帰路につく。

学校から家までは歩いて10分もかからない。

 

鳥小屋は庭のすぐ入口の場所にあったので、家に帰る時は必ずその横を通るようになっている。

だから、異変にもすぐ気付いた。

 

四六時中、コッココッコやっているぴーちゃんの鳴き声が聞こえないのだ。

小屋をのぞき込むと姿がない。

 

まさか!

 

あの時の記憶が蘇る。

ボクのちょっとした油断で失ってしまった命。

もう二度と失わせないと誓った。

ぴーちゃん、おらへんで!

六角
六角少年
 
 

玄関に駆け込んで叫ぶと祖父が出てきた。

祖父
祖父

なんや、騒がしのぉ。そこにあるやろ。

そこにある。

 

確かに、そこにはあった。

 

首を切り落とされ、全身の羽をむしり取られたニワトリの肉塊が足を縛られ、軒先に逆さ吊りにされていた。

なんで、あんなんしてんの?

六角
六角少年
 
 
祖父
祖父

そらお前、雄鶏は大きなったら食うしかないやろ。

視点の違いという話がある。

人によって同じものを見ても認識が変わるのだ。

 

ボクにとって、ぴーちゃんは家族だった。

しかし、祖父にとっては食料でしかなかった。

 

あとになって気付いたが、雄鶏は卵を産まない。

先ほど、夢は「自分の育てたニワトリの卵で朝飯を食う」ことと書いたが、そもそもどうがんばっても叶うわけがなかった。

子ども故の浅はかさ。

 

雄鶏は肉が固くなってしまう前に食べる。

これが田舎では当たり前の常識だった。

 

家族

夕食。

家族団らんの献立は絞めたばかりの新鮮な鶏肉を使った水炊きだった。

みんな、ウマいウマいと食べている。

 

しかしボクは、家族団らんどころか大切な家族を失ってしまった。

最後までひと口も喉を通らなかった。

 

心配した家族が何か言っていたが、まったく記憶にない。

たぶん、それぐらいショックだったんだろう。

 

その日を境に鶏肉が食べられなくなった。

 

家を出るたびに空っぽの鳥小屋が目に入る。

強烈な喪失感。

鶏肉を見るたびに思い出す、軒先に吊るされた首のないぴーちゃん。

 

現実は残酷だった。

本当に恐ろしいのは、野良猫でも何でもなく、同じ人間だった。

これってエヴァンゲリオン旧劇場版と同じオチだわ。

人間の敵は人間。

 

でも、これが生きるってことなんだな。

 

殺して食べる

ボクは今、飲食店で働いてる。

因果なもんだ。

そして、毎日、鶏肉、豚肉、牛肉をさばきまくっている。

 

この肉のひとつひとつが誰かのぴーちゃんなのかも知れない。

子どもの頃は殺された肉に対して、拒否することしかできなかった。

 

でも今は、殺したからこそしっかり食べるし、食べさせる。

食材をムダにすることは命をムダにすること。

殺した肉を最大限に生かすことが料理人を始め、飲食業に携わるものの義務だ。

 

初めてアルバイトをやったのも、ケンタッキーフライドチキンだった。

あえて、鶏肉を扱う店で働くことでボクはトラウマを克服した。

そして、飲食に興味を持つようになった。

 

不思議な縁だが、ボクはぴーちゃんがいたから飲食業をやっているのかもしれない。